化石マニアと分類学

僕はかなり深刻な化石マニアだ.初めて化石を掘ったのは5歳のときで,以来,化石がないと手が震えるレベルのマニア人生を歩んできた.

生物収集系のマニアにとって,分類学はコレクションを自慢するための最も重要な素養だ.例えば,レア物(=産出・出現頻度が低い)は垂涎の的だ.レア(場合によっては新産や新種)であることを自慢するためには,その他大勢の種とは異なることを明確に示さねばならない.コンプリート系自慢もマニアは大好きだ.「ある産地から報告された化石種をコンプリートしたぜ!」と自慢したければ,やはり正確な同定能力が求められる.

化石マニアにとって,三葉虫とアンモナイトは永遠の憧れだ(三アン信仰,注1).しかし,東海地方で育った幼少期の僕にとって,それらは簡単に手の届く存在ではなかった.一方,すぐに手に入る化石といえば貝化石だった.

左から三葉虫,アンモナイト(異形巻き),ビカリア

特に新生代中新世の貝化石は,近所で簡単に採集することができた.そのため,新生代から始めて,だんだんと中生代,古生代の貝化石へとはまり込んでいった.なかでも中高生の頃に夢中になったのは,速水格先生が1975年にまとめられた「A systematic survey of the Mesozoic Bivalvia from Japan」や中澤圭二先生とNorman D. Newell先生が1968年にまとめられた「Permian bivalves from Japan」に掲載された二枚貝類を集めることだった.

小学生の頃,瑞浪層群(中新世)の化石採集に通った.写真は「へそ山の地層観察地」.

集めた化石は,系統ごとにまとめて,基部系統から順にタンスの引き出しに収めた.分類学を英語でsystematics(体系学)と言うことがある.僕にとって化石の体系化とは,まさにタンスの引き出しに標本を整理して収める作業だった.三アン信仰が蔓延る化石マニアの世界において,二枚貝化石を血眼になって集めている人は“レア”だ.だから,僕のコレクションのスゴさをマニア仲間に語るのは大変だった.しかし,コレクションの何がスゴいのかを自慢するうち,自身の研究の原点にたどり着いた気がする.研究とは,手にしたデータのスゴさを自慢することに他ならないのだ.

イシガイの仲間(左)とホタテガイの仲間(右)の引き出し

マニアなりに色々考えて,僕は古植物学の研究者になった.古植物学を専攻した理由を極めてざっくりと言えば,「三アン以外も自慢できるのが究極の化石マニア=プロ」だと信じているからだ.化石マニアで植物化石を自慢できる人は滅多にいない.僕の化石自慢はまだまだ続くし,最近マニアっぷりに拍車が掛かった気がする.今後僕がやらないといけないことは,自慢の仕方を学生に教えることなんだろうな.

注1)東海地方では,三アンに加えてビカリア様も崇めるのが慣習(三アンビカ信仰).以前に岡山県の某博物館で見た短編映画に「なんだ,ビカリアって貝なの?恐竜じゃなきゃヤダー!」と子供が駄々をこね,ビカリア様に天罰を下されると言う素敵なシーンがありました.ビカリア様をディスるなど,とんでもないことで,映画の趣旨に強く共感しました.


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