新生代中新世の前半(約1900-1600万年前)は温暖期にあたり,約1600万年前には地球の気温は現在よりも平均で4°C高くなりました.ウリノキモドキ(Byttneriophyllum tiliifolium (A. Braun) Knobloch & Kvaček)はこの温暖期を代表する葉化石で(図1),北半球から広く見つかっています.ここで「葉化石」と書いたのは,この化石が葉だけに基づいて名付けられた化石であるためです.植物は多くの場合,化石になる前に体を構成する器官がバラバラになります.例えば,植物が落葉することから想像できるように,樹木の幹と葉とが繋がって化石になることは滅多にありません.
一方,植物の類縁推定は,様々な器官の特徴を組み合わせて行われるのが普通です.そのため,ウリノキモドキは中新世の葉化石として極めてポピュラーなものでしたが,その類縁はこれまで分かっていませんでした.岐阜県美濃加茂市御門町の木曽川河床には瑞浪層群中村層(約1900万年前)が露出しています.1994年の木曽川大渇水の際には,この場所から約400本の直立樹幹化石(生えていた状態で生き埋めになった木の株)が発見され,この場所は現在,美濃加茂市化石林公園として公開されています(図2).この化石林の一部はワタリア(Wataria parvipora Terada & Suzuki)であることが知られていましたが,化石林を構成する樹種はこれまで包括的に調べられていませんでした.
私たちは,現在でもアクセスできる樹幹化石137本(図3)の樹種を,岩石剥片で調べました.また面白いことに,樹幹化石の根元にはウリノキモドキを多産する葉の化石層がありました(図4).そこで,この化石層の中に含まれる葉の種類と埋まり方とを調べることにしました.
調べた樹幹化石のうち,6本は保存不良で樹種がわかりませんでしたが,1本は針葉樹でした(図3).しかし残り130本のは,すべてワタリアでした(図3,5).樹幹の中には直径が1mを超えるものがあった一方(図3,6),その多くは直径が20 cm以下の若い木でした(図3,7).つまり,化石林公園に見られる化石林はワタリアの純林であり,この純林が長期にわたって維持されていたことが分かります.
また,根元に見られた葉化石の98%はウリノキモドキであること,ウリノキモドキの化石には水によって運搬された形跡がないこと(図8),が分かりました.このことは,この化石層がウリノキモドキだけからなる落葉層であることを意味します.
以上の結果を考慮すると,ワタリアの幹にウリノキモドキの葉が着いていたと考えざるを得ません.そこで,葉と幹の化石の特徴を組み合わせて類縁を推定したところ,ワタリア/ウリノキモドキが現生アオイ科のオベチェ(Triplochiton scleroxylon K.Schum.)と近縁であることが分かりました.オベチェやその近縁種であるべテス(Mansonia altissima (A.Chev.) A.Chev.)は,アフリカ中央部の熱帯地域だけに分布します.また,アオイ科内の両種を含むグループも熱帯から亜熱帯にしか分布しません.これらのことから,ウリノキモドキが温暖期に合わせて,北半球の広い範囲に分布を広げたことが分かります.一方,地球は約1600万年前を境に急速に寒冷化を始めます.ウリノキモドキはその後しばらく寒くなった地球で生きていましたが,約650万年前頃に絶滅しました.ウリノキモドキは湿地を好んだと考えられており,安定的で競争が少ない湿地環境が寒冷気候下での生存を可能にしたのかもしれません.あるいは,ウリノキモドキは温度変化に対してある程度柔軟に対応できたのかもしれません.
現在の状況のまま温暖化が進行すると,100年後には約4°Cほど地球の平均気温が高くなるという推定があります.ちょうどウリノキモドキが生きた頃の地球と同じ気温です.私たちの研究結果は,地球の気温変化に合わせて,植物の分布が変化する実例を示しました.一方で,植物は意外と強かに気候変動を乗り越えていく可能性も示唆しました.今後,長いスケールでの植生変化を様々な植物化石で観察していくことで,「気候変動により絶滅する植物と絶滅しない植物の違いは何か?」が見えてくることを期待しています.
純林の化石が見つかることは世界的に見ても極めて稀です.美濃加茂市化石林公園は,市民の皆さんが簡単に訪れることができる場所にあり,このような貴重な場所が長らく保存されていくことを切に願います.
<詳しく知りたい方へ>
Nishino et al. (2023) Scientific Reports 13: 10172. doi