ゼンマイ科は約2.5億年前に現れたシダ類です.その代表とも言えるゼンマイは,山菜として利用されるなど,私たちにも馴染みのある植物です.シダ類は過去に何度も雑種形成を繰り返し,新しい種を生み出してきました.ところがゼンマイ科では雑種形成が起きにくく,自然雑種の報告が5例しかありません.また,それらのうち2つの雑種はそれぞれ1箇所だけに生育するごく少数の個体群で,1つの雑種は既に絶滅しています.
さらには,ゼンマイ科では過去に雑種形成を繰り返した形跡がありません.「昔に雑種形成が起きたかなんて,わかるの?」と思われるかもしれませんが,染色体の数に着目すると,それを推定できることがあります.
2倍体の生物は,2セットの染色体を持っており,減数分裂により生じた配偶子(卵や精子)は,1セットの染色体を引き継ぎます.受精が起きると染色体1セットずつが合わさり,染色体セットを2つ持つ子個体が生じます(図1).
一方,雑種個体は普通,子孫を残せません.両親から受け継いだ染色体セットが異なるため,減数分裂を正常に行えないからです.減数分裂は,いわば個体が持っている染色体セットを2つに分ける作業であり,2で割れないセットでは減数分裂ができません.ところが植物では,雑種の染色体セットが2で割れる状態に変化することがあります.例えば,2で割れないのなら,あらかじめ2倍に染色体を増やしておけば良いのです(図2).
つまり,雑種が子孫を残せる種に進化する度に,染色体数が増えていくことになります.シダ類は他の植物に比べ,非常に多くの染色体を持っています.これは過去に雑種形成を経た種分化を繰り返した結果だと考えられています.ゼンマイ科の種間では染色体数の多寡がなく,過去に雑種形成を起こしていないと推定されています.
また,染色体数が多くなると,染色体を入れる袋である核も大きくする必要があります.ゼンマイ科では,前期ジュラ紀(約1.8億年前)の化石と現在の植物とで,核の大きさが変わっていません.このような化石記録からも,ゼンマイ科では雑種形成が起きにくいことが支持されています.
このように,ゼンマイ科はシダ類の中では異色な仲間なのですが,「なぜ雑種ができないのか?」はこれまで解明されていませんでした.その謎を解くため,私たちはゼンマイ(Osmunda japonica Thunb.)とシロヤマゼンマイ(Plenasium banksiifolium (C. Presl) C. Presl)に着目しました(図3).
ゼンマイは東アジアの冷温帯から暖温帯に広く分布する植物で,日本では北海道から奄美大島までの広い範囲に生育しています.一方,シロヤマゼンマイは東アジアの暖温帯から熱帯に分布し,日本では伊豆半島を北限とし,本州・四国の太平洋岸,九州南部,南西諸島に生育しています.つまり,西日本には両種の分布が重なる地域があり,実際に九州南部では,しばしば同じ場所に生育しています(図4).また,両種は,ほぼ同じ時期に生殖することも知られており,交雑する機会があるはずです.ところが両種間の雑種は,これまで発見されていませんでした.
私たちは,雑種が見つからない原因が「そもそもゼンマイとシロヤマゼンマイとは雑種を作れない」ことにあるかもしれないと考え,人工的に交雑する実験を行いました.すると予想に反して,ごく簡単に雑種ができることが分かりました.そこで,人工雑種の形態的特徴を手掛かりに,宮崎県で自然雑種を探索し,ついに小さな推定雑種を数個体発見しました(図5).遺伝子判定により確認したところ,これらの個体はゼンマイとシロヤマゼンマイとの雑種であることが確かめられました.
人工雑種を作出する実験では,個体が発芽してからの成長過程を記録し,葉の枚数や特徴を調べています.その結果と比較すると,発見された自然雑種は,すべて発芽後1年未満(長くても数ヶ月程度)の個体であると推定できました(図6).一方,それらより大きな個体は,全く見つかりませんでした.
以上の結果から,ゼンマイとシロヤマゼンマイとの雑種はできるものの,自然環境では発芽後の早い時期に枯れてしまう可能性が示されました.これが,ゼンマイ科では雑種の報告が少ない,ひいては雑種形成による種分化が少ない理由と推定されます.なお,新しく発見された自然雑種には新しい雑種名(学名)を与えるのが通例ですが,私たちは新雑種名を与えないことにしました.この雑種は極めて短命で,すぐに“絶滅”してしまうためです.
今後,「なぜ雑種個体が野外で生存できないのか?」を明らかにしていくことで,逆に「なぜシダ類では雑種が多いのか?」という根本的な問いに答えられるかもしれません.雑種形成の仕組みを解明することは,植物の多様性が生まれる過程を知る上で重要なだけでなく,新しい作物の作出にも役立つはずです.
ゼンマイとシロヤマゼンマイとの人工雑種個体は,安定した気温(25°C前後)で培養すると,一年以上生育できることがわかっています.すると,夏の暑さや冬の寒さが雑種個体の生育に悪影響を与えているのかもしれません.この結果は,地球温暖化が雑種由来の種の絶滅につながる可能性を暗示し,温度変化と雑種の安定性との関係について,今後解明する必要があります.
<詳しく知りたい方へ>
Ueshima et al. (2023) Acta Phytotaxonomica et Geobotanica 74: 157–170. doi