クロマツとリュウキュウマツは化石種ミキマツの子孫

マツ属(genus Pinus)は100種以上を含む現生裸子植物の中で最も大きな属で,主に北半球に分布します.マツ属はマツ亜属(subgenus Pinus)とストローブス亜属(subgenus Strobus)とに分けられ,さらにマツ亜属はマツ節(section Pinus)とトリフォリア節(section Trifoliae)とに分けられます.マツ属は鞘に複数の葉が収まった短枝を持ち,鞘に収まる葉の枚数(葉が針状なので,本数といった方がわかりやすいかもしれません)でマツ属を大まかに分類することができます.例えば,鞘あたりの葉の枚数は,ストローブス亜属で5枚(=五葉松),マツ節で2枚(=二葉松),トリフォリア節で3枚(=三葉松)です.また,マツ節はマツ亜節(subsection Pinus)とフランスカイガンショウ亜節(subsection Pinaster)とに分けられます.

日本には,マツ属マツ節マツ亜節の種として,アカマツ(Pinus densiflora Seib. & Zucc.),クロマツ(P. thunbergii Parl.),リュウキュウマツ(P. luchuensis Mayr)が生育します(図1).このうちリュウキュウマツはトカラ列島以南の南西諸島に分布する日本固有種です.また,クロマツは日本と朝鮮半島南部に分布しますが,朝鮮半島のものは近世に日本から持ち込まれたものと考えられており,これも日本固有種です.一方,アカマツは日本を含む東北アジアに広く分布します.

この3種のうち,クロマツとリュウキュウマツは近縁です.また,それらは,中国に分布するオウザンマツ(P. hwangshanensis W. Y. Hsia),アブラマツ(P. tabuliformis Carr.),コウザンマツ(P. densata Mast.),ケシアマツ(P. kesiya Royle ex Gordon),ウンナンマツ(P. yunnanensis Franch.)と単系統群(1つの祖先から由来したグループ)を作ります.このグループをクロマツクレードと呼びます.

最古のクロマツ化石は,島根県江津市都野津から報告された約320万年前のものです.また,リュウキュウマツの化石は,約100万年前の球果が沖縄県名護市から報告されています.その他に,日本からはクロマツクレードの化石種としてミキマツ(P. mikii T. Yamada, M. Yamada & Tsukagoshi)が知られています(図2).ミキマツは,約1700万年前から約170万年前までの期間の地層から見つかり,北海道を除く日本列島の各地から広く見つかっています.

マツ亜節の種を分類するためには葉の特徴が役立ちます.例えば,アカマツとクロマツクレードの種は,葉の断面で区別することができます.すなわち,アカマツでは樹脂道(松ヤニを通す管)が表皮に接するのに対し,クロマツクレードの種では樹脂道が表皮に接しません(図3).ミキマツがクロマツクレードの種だとわかったのは,この樹脂道の特徴に基づきます(図4).

また,クロマツクレードの種では,オウザンマツ,クロマツ,リュウキュウマツの気孔の孔辺細胞は,葉の内側に面した細胞壁に,葉の長軸方向に張り出した突起(極突起)を持つことで特徴付けられます.私たちが調べたところ,ミキマツも極突起を持つことがわかりました(図5).さらに,ミキマツと極突起の長さを比べると,オウザンマツは長く,クロマツは短く,リュウキュウマツだけがほぼ同じ長さであることもわかりました.また,ミキマツとリュウキュウマツでは,隣り合う気孔が近接していますが,他の2種では気孔どうしが離れていました(図5).これらの特徴は,クロマツクレードの現生種の中で,リュウキュウマツがミキマツに最も近縁であることを示唆します.

クロマツクレードの化石種としては,日本からはミキマツしか見つかっていません.また,日本以外にはクロマツの化石記録がありません.つまり,クロマツの祖先もミキマツである可能性が高いということです.そのため私たちは,リュウキュウマツはミキマツの直系の子孫,クロマツはミキマツから分かれた子孫と考えています.日本におけるミキマツの出現は地球が温暖化したタイミング(中期中新世最温暖期と言います)と一致し,その子孫であるリュウキュウマツも亜熱帯〜暖温帯に現在生育しています.地球は,中期中新世の終わり頃(約1300万年前)から寒冷化し始めました.すると,寒冷化の中で,寒さを避けて南下した集団がリュウキュウマツ,寒さに適応して日本列島に残った集団がクロマツへと種分化したのかもしれません.

これまで,中期中新世最温暖期の日本に生育した植物が,その後の寒冷化の中でどのように種分化したのかを扱った研究はありませんでした.リュウキュウマツとクロマツの種分化の例は,南西諸島に現生する植物の一部が,寒冷化の中で古日本列島から南下した可能性を初めて示しました.同じような植物は他にもいるはずで,中期中新世の化石種と現生種との類縁関係を解明する研究を進めることが必要です.またこの成果は,日本に生育する植物の中に,(寒さに適応したために)暑さに弱くなった植物がいることを暗示します.これから地球の気温が上昇すれば,それらの植物は衰退してしまうのかもしれません.

<詳しく知りたい方へ>

  • <クロマツとリュウキュウマツの種分化について>Yamada M, Yamada T (2018) Journal of Plant Research 131: 239–244. doi
  • <日本におけるマツ亜節の化石記録の総説>Yamada T, Yamada M, Tsukagoshi M (2014) Journal of Plant Research 127: 193–208. doi

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